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zoom RSS 性別役割による社会の構築こそ必要ではないか?

<<   作成日時 : 2017/03/13 11:33   >>

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男性女性と性別による立場上の役割に今では疑問を投げ掛ける風潮が濃厚となっています。それに対して頷ける面が多々あるもののちょっと待てよとブレーキをかける自分がいる。本当にそうだろうか?男性と女性は性別が違うことによって根本的に違うと思わざることが多い。だから違うという認識を持つことは必要であり、当たり前のことであると。 

問題なのは違うということをいいことにそれを悪用されてきたという日本の歴史があること。理想はその悪用されてきて今でもされていることをなくすことであり、性を同一にして同じにするということではないということです。LGBT の人も出てきて混在してきていますが、まずは基本に立ち返り、男性女性で考えていきたい。

男性の優位性とは何でしょうか?すぐに思いつくのは「力」です。しかし、オートメーション化されてきている今日、ロボットがより開発され普及すればその優位性はどこへやらになります。それは男性女性両方にいえる知能の面でもいえるでしょう。人口知能であるAIが進化すれば。だから、「力」と「知能」は今後、優位にならない。

次に出産はこれからもずっと女性優位でいられると思う。そこは大事にした方が良いのに逆に女性にとって縛りのある劣位に感じてしまうのであればそれはやはり社会が悪い。一億総活躍社会と政府は掲げていますが、女性の子供出産こそ活躍であり、そういう社会になっていない。働くことが全てではないからです。全てではないとは働くことで活躍するのももちろんOKという意味です。

性別役割がある方がやりやすいという面もあるし、段々となくなっていく中でそういうことを考えるのも必要ではないかと思います。

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