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自己判断自己決定が生きるということ。

2017/12/13 11:41
「会社を辞めればただの人」。この言葉を聞けば聞くほど嫌になります。定年など先の先の話しではありますが、生き方を間違っているとしか思えないこの言葉。それを考えると、いかに会社で役職につくかよりも、いかにその会社にいる間に自分の能力を開花し、その後にまたはいつでても良いように向上させるかが重要な気がしてきます。

自分の存在意義というのを会社に決めてもらっているからそのような勘違いが起こってしまう。十把一絡げに生きたい人ならそれで良いと思いますが、そうでなければ自分で決めるというのが必要な気がしてくる。自己判断自己決定、それが生きるということになると思います。それが他人にとっては全くつまらないものに思えても、です。

他人がつまらないものに思えても自己判断自己決定ができている人の方が他人に流されている人よりよっぽど人生を生きています。よく「生きるとは?」なんて本がいろいろと売られていますが、他人に教授された生きるなど意味がないかもしれません。自分で見つけないと。
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あらゆる車業界の転換点

2017/12/13 11:13
マイカーで観光客輸送、特区で解禁 まず兵庫県養父市 (平成29年12月13日付日経新聞)
政府は国家戦略特区で、一般の人が自家用車を使って有料で観光客らを運ぶ事業を解禁する。兵庫県養父市で2018年5月から始める。過疎地で認めてきた従来の方法と異なり、公共バスと同じ道路も走れるなど利便性を高める。過去最多の訪日観光客数が確実となるなか、ライドシェア(相乗り)の効果を特区で分析し、観光を伸ばす仕組み作りにつなげる。


車業界が少しずつ動きだしてきた感のある記事です。他には電気自動車(EV)でトヨタとホンダが提携する方向に入っているそうです。電気自動車に関しては今、中国がもの凄く力を入れているそうですから、勢力図がどんどんと様変わりしそうです。

ガソリン車から電気自動車への転換。日本では難しいとされるライドシェアすらへの転換。若者の車離れが加速する中、車が売れない時代に車への役割は一体どこに向かうのでしょうか?それらと共にいずれ来る完全自動化によって免許すら取らない人が出てくるとなると、自動車教習所もいずれ要らなくなるということになるかもしれません。

ライドシェアが広がればタクシー業界もし烈な競争にさらされることになります。電気自動車はガソリン車よりも部品がいらないために今までガソリン車で必要だった部品を製造していた会社も必要なくなる恐れがあります。完全自動化は運送業界に波紋をなげかけそうです。

そういう転換点という感じです。
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国際観光旅客税は逆の結果を生み出さないか?

2017/12/13 08:23
政府・与党の2018年度税制改正で「国際観光旅客税(出国税)」が導入される動きです。外国人でも日本人でも出国する際に1人千円を徴収するという。訪日外国人客誘致の施策に充てる新たな財源ということらしいですが、そんなことをしたら訪日外国人は減るのではないでしょうか?2020年に4000万人を目指しているようですが、今の状態が予想より上回っているからといって驕ってきたのならいかんと思います。

それをするのであればそもそも免税もやめるべき(だったの)では?それがなければもっと消費税収入があがり、これからの更なる人口減の日本にとって消費税を上げる理由にもなるでしょう。それなのに日本人には消費自体が上がっていないのに少しずつ上がっていく消費税にさらに消費が落ち込む事態に陥り、デフレ脱却の歯止めどころか加速になっているのではないかと思ってしまいます。

さらにこの国際観光旅客税は日本人に対しても課税するとのことです。日本人は旅行するのも少し戸惑う人が出てくるかもしれません。また、現に日々、仕事で海外に出る人たちにとっては不満の種になるでしょうし、税金というものに不信感を抱いてしまう。

ところでこの税金は観光施策の進め方や税の具体的な使途の検討は十分されていないようです。1年間の出国者が約4千万人で千円で計算すると約400億円確保できると単純計算されたからとただ取れるところに急きょそうした感が強い。

議論なしの新税はいかがなものでしょうか?
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受動的にではなく自発的ににいかにもっていくか。

2017/12/11 06:35
たまたま手に取った適菜収さんという方の本「安倍政権とは何だったのか」を読んでいるのですが、この方の本を読んでいると、もしかしたら正論なのかもしれないという思いがありながらも、言葉尻が汚いところがとても目立ちます。簡単に言えば上から目線でこけおろしているわけです。それを思うと頭に浮かんでくることがあります。本を読むに際し、また引いては情報を摂取するに際し、いろいろな考えの人の意見を読むべきか?それとも、必要な情報だけに絞って他は遮断するべきなのか?

この方は本書の「肩書きや学歴に騙される人たちP48」に

新聞もとっていないし、雑誌もあまり読まない。反時代的というか、精神衛生上「情報」を避けている面もある。


と書かれています。

この方は後者のようですが、本書では結構新聞の内容の話しが出てきており、どこかで読まれているのか。見分を広めるというのと情報に染まるというメリットとデメリットの中でどのように情報を入手するべきなのか。現代は情報に溢れすぎているので後者のデメリットの方がでかいということはいえるかもしれません。昔は情報は取得するものという能動的なものだったのが、今ではありすぎて受動的になっている。それが現代の問題でしょう。

学校教育も同じで、受動的な勉強など意味がないように最近思っていますが、能動的にいかに子供を持っていくか。指示を出して動いてもらうではなく自ら動いてもらう。社会人になったらより必要なスキルであるため、それを子供の内から育てるということが必要なのだと思います。知識なんかどうだって良いってことです。

最近はAIはAI同士で競い合って学習しあうというレベルにまで達しているそうです。つまり、指示を出されてではなく自発的に。そういうことを考えた次第です。
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800万円超の会社員増税の不公平感?

2017/12/06 07:38
2018年度税制改革で800万円を超える会社員の増税が日々叫ばれています。ネットでは800万円を超える人は本当に金持ちの人たちなのか?といった議論がある中で以外とそこに踏み込まずにそうとは思えないといった感想しか書かれていません。果たしてどうなのでしょうか?

今日の新聞では800万円を超える人たちは会社員の5%であると書かれていました。570万円でしたか、それぐらいが確か10%です。5%でたった200万人だそうですが、これだけからしても金持ちの部類ですよ。労働者の年収の偏差を考えると、200万円〜300万円のところに位置し、500万円ですら中々到達できないレベルに思います。

では給与所得控除をなくして年末調整をなくし、全員が確定申告すれば良いのでは?といった意見もあるようですが、そうなったら税務署がパンクします。3月には会社員が税務署に詰め込むのでしょうか?ただでさえ、税務署はその時期になれば渋滞してます。休暇だってなかなか取れない(というか取れない)ですから、効率性を考えた制度であるということでしょう。

話しを少し変えますが、年収は800万円を超えると幸福度は上昇しなくなるそうです。もしかして、この800万円を想定した人はその事も考えて設定したのかな?と思ったのですが、どうでしょうか?切りの良い5%というのもあるかもしれませんが。
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旧優生保護法の不妊手術強制問題の政府への不信感

2017/12/04 08:39
私は今まで知らなかったのですが、今日の新聞に昔、旧優生保護法というのがあり、不良な子孫の出生を防止するとの優生思想に基づき1948年に施行された法律があり、これに基づいて昔、知的障害の女性がそれだけを理由に本人の同意を得ずに勝手に不妊手術をしてこの女性は手術後、悪性の脳腫がみつかって右卵巣を摘出したということがあったそうです。産めない体になり、国に提訴をするということです。この法律はナチス・ドイツの断種法の考えを取り入れたものだそうですが、なんて怖い時代があったのでしょうか。

去年起きた相模原障害者施設殺傷事件の時も優生思想のことが取り上げられました。優生でない障碍者は生きている価値なしということで何人もの殺害が起こった事件ですが、もう単純に腹が立ちますよね。生まれながらに優れている人がいるなかで優れていない人もいる。たとえ優れている人がいたとしてもそれがいつ開花するかもわからないし、開花したあともそれがいつまで続くかもわからない。人間が戦力になるかどうかでしか考えられない稚拙な考え方です。

今となっては多様性の社会となってそんなことを考える人は減ったとは思いますが、去年の事件を思い起こすとそうともいってはいられない思いがする。優性と劣性という言葉が差別に当たるとして顕性と潜性という言い方に変えたそうですが、それの方が良いでしょうね。

さて、ここで問題なのは損害賠償には勝ってほしいけど、そのお金は税金から使用されるという点です。では私たちは国の政策が間違っていたということに憤りを感じるしかないのですけど、それだけしかやることがない。はてはただの政府への不信感の貯蓄という形になるのでしょうけど。
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議会と子連れ問題はどうするべきか?

2017/12/04 08:18
熊本市議会の女性市議が子連れで議会に行こうとしたことについて波紋が出ているようです。正しくない行動だったのでしょうか?それとも正しい行動なのでしょうか?まずそもそも正しい行動とは一体何か?を考えるべきかなと思います。

正しい行為というのは時代によって私は変わると思います。昔は仇討するのが正しい行いであったのが明治からはそれは許されない行為となった。また今で考えれば、銃を所有することは正しいのかを考えると、日本では正しくないけど、アメリカでは許される。だから、時代によっても考える必要があるし、国の文化によっても考える必要がある問題だということです。

女性市議の子供は生後7か月の乳児だったそうですが議会事務局員や議長はその生後7か月の乳児を乳児「傍聴人」だとして議場に入ることを禁じた市議会規則に抵触という理由で退室させたそうです。これは常識的にいっておかしいと誰もが思うことです。生後7か月の乳児が議会を傍聴できるわけないでしょう?単なるこじつけですよ。

次に女性の社会進出が叫ばれてから女性活躍のことまで叫ばれて赤ちゃんを産んでも活躍できない社会なのか?という問いにどのように答えるべきかになります。その方向で今後社会が進んでいくのであればもう少し多様性と寛容性を与えるべきではないかと考えます。

ただし、難しい政治の問題に乳児を連れて真剣に議論ができるのかということを考えればそれはそれで甚だ疑問です。生後7か月の乳児など連れてきたら泣き叫んで議論も何もあったものではないし、それこそこの市議の常識外れは否めません。

だから、私が思うには女性の社会進出は推し進めるべきだけど、議会に出るためには乳児を誰かに預けるべきで、預けられなかったら出席は辞退する(規則になかったとしても)べきだったと思います。

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