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新たに発覚。後から発覚。さらに発覚。

2018/01/25 09:29
新たに発覚。後から発覚。さらに発覚。最近そういうのが多い。そういうのが多いというのは発覚が多いということであって、発覚するものはおそらくごまんと世の中に溢れかえっていると思う。発覚する条件として連鎖的にだったり、関連的に調べられるから何かのきっかけを待っているかのように映るわけである。

これが一斉に発覚したら世の中はもたない。個々に関連付けて発覚するため個々に社会は対応していって少しずつ社会はとどまりに収めようとしていく。それがとどまるところにとどまらずに抑えがきかなくなって爆発したのが明治維新なのだろうか。今年はその150年がたつわけだがだからといってそれが今の時代に何か起こるというのかはわからない。

ただ時代の流れが徐々に早まっているような気がするのは私だけか。時代が早く変わろうとヤキモキしているように見え、それが社会は追いついていないというか何かその動きの遅滞と早まりとがちぐはぐな気もしないでもない。また、その時代の流れが日本だけでなく世界が日本を巻き込もうとしているからそう感じるのか。

人工知能であるAI、電気自動車であるEV、仮想通貨であるビットコイン、キャッシュレス社会などなど少し前までこんな言葉は知らなかった。時代と社会の追っつき追い越せだけではなく私たち自身もついていかないといけなくなってくるのに国民は疲弊していないだろうか?

コントロールされていないだろうか?私たちは私たちでとどまるところを見つけておかないと。
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地籍調査にドローン活用か。

2018/01/25 08:19
地籍調査にドローン活用を(平成30年1月25日付京都新聞)
国土交通省の有識者会議は24日、登記された土地の境界を明確にする「地籍調査」を迅速に進めるため、小型無人機ドローンなど新技術の導入を求める中間報告をまとめた。国交省は提言に向け、今後検討を進める方針。

地籍調査で作られた地図は不動産取引の基礎資料となる。現在は担当者が現地を訪れて、専用の機器で測量している。

国土調査法に基づき、1951年に始まった。2019年度末までに調査の進捗率を全国で57%にする目標だが、16年度末は52%だった。


ついにドローンはここまで来ましたか。どのような手法を使うか分かりませんけどね。
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檀家制度の存在意義と僧侶の下請け制度の始まり

2018/01/24 08:57
お坊さんの実態は私たちが思う以上に深刻なのかもしれない。大分前から派遣僧侶という仕事形態が騒がれましたが、これは檀家制度の存在意義が問われると共にお坊さんの下請け制度の始まりと言えるかもしれない。檀家制度の存在意義とは檀家に対してお布施という名のお金の徴収をしておきながらも、檀家ではない人たちに派遣されてその契約だけで行くというスタンスが檀家に対して裏切りと取られる恐れがある。そうまでするなら私たちも檀家にならなくて良いよね?っていうことになるからだ。

お坊さんの下請け制度の始まりとは今は上手くネットの波に乗れて仕事が舞い込んできているかもしれないが、企業に使われているということで企業との軋轢が生まれる恐れがある。それは今の下請けの会社または下請けでなくても下請け的に使われている会社を見れば自ずと分かる。これを考えるだけでも深刻な状況である。

お寺はただでさえ税金の恩恵を受けている。こういうお坊さんの働き方改革は税金の恩恵に対しても批判にさらされるかもしれない。では、お坊さんの存在意義とは何であろうか?単なる葬儀・供養などの形式的仕事をするためだけにあるのか?そうではないだろうと思いたいが、僧侶自身にどれだけその気持ちがあるのかわからない。

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カヌーの薬物混入ニュースではドラマとしては成り立ったかもしれないが。

2018/01/15 21:09
カヌーの先輩が後輩に対して薬物混入した問題のニュースを見て、日本はより一層性悪説への移行が進行してきたかもしれない。他の外国はそこはシビアに誰であろうが相手を信用しないというスタンスらしいけど、日本のその牙城が崩されてきたということは外来種が入ってきた感じがする。

ドーピングに関してはロシアが国ぐるみでやっていると聞く。これだけ科学の発達した現代でアスリートたちの活躍を見る理由は一体何なのだろうか?と疑問を抱いてしまう。昔であれば、単純に凄いことだという超人扱いで見ていたはず。しかし、そうでなくなった今となっては「人間における」最高到達点というもの、またそれに生き様を見るというもの、そして、国合戦というようなものかもしれない。

将棋や囲碁でさえAIとしのぎを削るまでの時代になった今となってはよりそこに集約されてしまう。それがスポーツマンシップに則るから生きてくるわけでそこを外してしまえば、何のために見ているか意味を見いだせなくなってしまう。

今回の件ではある意味、人間の醜さが出てしまったわけであるが、それはそれで人間臭さを感じてドラマとしてなら良い感じがする。ただ、カヌーを目指す人、またはまだ子供で目指している子たちはどう思っただろうか?こんなきな臭い世界であれば敬遠しようかと思った人もいるかもしれない。
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適度に生きる人生

2018/01/14 08:40
パワーハラスメント、児童虐待、しつけという名の暴力、どれも簡単に言えば弱い者いじめである。弱い者いじめをするものは自分の心が弱いということでしかないが恥の文化はどこへやらの日本。では欧化した日本の文化は罪の文化へと移行したのかというとそうではなく権利執着型へと移行したというべきだろう。

恥の意識はなく、罪の意識もなく、権利だけは貪り取るように主張し、獲得していこうとする。義務は果たさずそんなに自分の権利だけが欲しいという文化は性善説から性悪説へと移ってきたことと関連があるような気がする。

マズローが唱える承認欲求が向上し「いいね!」が欲しい人たちが続出しているらしい。去年はインスタ映えという言葉まで流行った。言うなれば褒めてほしい症候群とでもいうべきか。叱って伸ばすか、それとも褒めて伸ばすかの選択があるところ、これでは褒めて伸ばすかしか受け入れないということになってしまっている。といいながら私は後者の方が好きで自分もそちらの方が伸びると思っているが。

問題は何にしても「過ぎる」ということ。度が過ぎると良いものも悪くなる。権利にしても承認欲求にしても昨今は度が過ぎる。そういうのに疲れてスマホ断ちする人もいるらしいが極端な人たちだと思ってしまう。適度に付き合うということをしないのだろうか。人生も適度に生きるべきだと思うが。
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時代の到来と私の気持ちの到来との乖離

2018/01/12 07:53
AIという言葉に最近は特に心が揺さぶられる。これからはAI時代といっても過言ではない。最近はこの言葉を聞かないときはないぐらい頻繁に出てくるが、知らない人だって結構いる。私の親は知らないようだった。親は新聞だって取っているし、サラッとではあるだろうけど、何かしら目を通しているから知っているとばかり思っていたが、気にならない部分や難しい部分は素通りしてしまうものかもしれない。

もしかしたら、EUとかOECDとかそういう英語の表記についていけなかっただけかもしれない。しかし、ついていけないからといって時代は止まってはくれない。ソニーはAIを搭載したロボット「aibo(アイボ)」を発売した。これはロボットとの共生時代をうたっているわけだが、重要な部分はAIであろう。

米ラスベガスで行われた家電見本市では軒並みAIの話しでもちきりだった。「家電」見本市なのに家電の会社は後塵を配した。車業界でも同じであろう。これからは車でもAI搭載が標準になる時代が来るのであろうし、そうでなくても車業界はガソリン車からEV(電気自動車)への移行が世界で行われようとしている。

今はいろいろな業界の黎明期なのかもしれないと思うと、心穏やかにはいられない。時代は様変わりしていく中で焦燥が募るとはいっても私自身はいつまでたってもアナログタイプなのは時代についていけていないのだろうか。私も親と同じ、か?
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政府は「働ける」社会を利用しているのでは?

2018/01/12 07:22
最近は子連れ勤務可能の会社が増えてきているらしい。新聞記事に載っていましたが、私にはその子連れ勤務可能の会社が増えることの可否とは別個の問題としてそのような社会が皆が本当に望んでいる社会なのだろうか?という疑問が浮上してくる。

理想を言えば、そのような子供あるいは乳児がいる母親にはその期間だけは休暇して頂いてその後働ける社会にすべきであると。もちろんその場合にも多々問題があるのは承知している。休暇後に仕事が取り残されるだとか、降格されるだとか、長い間働けないだとか、周りの人間関係だとか。だったらこのままで働けるようにすべきではないかというのが子連れ勤務という手法だろうけど。

しかし、子連れで働かないといけない社会とはいかなる社会だろうか。それをいうと「働かないといけない」ではなく「働ける」社会であるとくぎをさされそうな気がする。つまり、子育てと仕事の両立であるが、私は男なので女性ほどには分かっていないが、子育ては大変である。

もっと言えば子育てだけでも大変である。2足のわらじを履ける超優良人が一体どれだけおられるのか分からないが、通常であれば子育てだけで悲鳴をあげると思う。

私が思うにその「働ける」社会を政府が利用している気がしてきな臭い気がする。働き方改革とは銘打っても何か違う違和感でしかない。政府はそこをもっと議論すべきである。
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