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日産の無資格検査による資格制度の不必要性について

2017/11/19 20:42
以下の朝日新聞の社説「日産の不正 現場見ぬ経営の危うさ(平成29年11月19日付)」を読んで資格というものにどんどんと意味のなさを感じてきてしまいます。

日産自動車が、無資格検査問題で調査報告書をまとめた。そこに浮かぶのは、役員や管理職が、生産現場の実情をほとんど把握しないまま、増産に突き進んだ姿である。経営のあり方そのものの見直しが不可欠だ。
 報告書によると、国内5工場で不正が横行していた。完成検査を資格のない従業員に任せていたのは1980年代にさかのぼる。他人の印鑑を流用し、監査時は無資格者をはずすなど、偽装や隠蔽(いんぺい)も重ねていた。
 資格を与える社内試験でも、問題と一緒に解答を配るといった不正があったという。甚だしいルール無視で、世界最大級の自動車グループとしての信頼を深く傷つけた。
 日産によると、実際に品質上の問題が起きた事例は今のところ確認されていない。現場では、資格がなくても能力を見極めて検査を担当させていたともされる。しかし、完成検査は国の法令で定められた手続きであり、高い安全性が求められる自動車会社として「結果オーライ」は許されない。


「資格がなくても能力を見極めて検査を担当させていた」から「日産によると、実際に品質上の問題が起きた事例は今のところ確認されていない。」ということを言いたいということであれば、日産自体が資格というものに意味を持っていなかったことになります。

国に言われて国に認められた手続きにのっとってしないといけない建前があるからそれに合わせようと「資格を与える社内試験でも、問題と一緒に解答を配るといった不正」をしていたわけであり、「他人の印鑑を流用し、監査時は無資格者をはずすなど、偽装や隠蔽(いんぺい)も重ねていた。」のですから。

お上が見ていなければ何をやってもよいということだったのであれば、もう今までの信頼はなかなかつかみ取ることは難しいかもしれませんね。
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違うと考えること?

2017/11/19 20:31
朝日新聞の社説「姉妹都市 市民交流を続けてこそ(平成29年11月19日付)」を読んで気になった部分がありました。気になった部分は少しだけですが、少し長めに引用します。

サンフランシスコ市議会が今月14日、地元の市民団体が設置した慰安婦像を公共物として受け入れることを議決した。
 像の碑文には「旧日本軍によって数十万人の女性が性奴隷にされた」「ほとんどが捕らわれの身のまま亡くなった」といった表現がある。
 大阪市の吉村洋文市長は「不確かな主張で、日本へのバッシングだ」と再三抗議してきた。サンフランシスコ側が方針を覆さない限り、年内にも姉妹都市提携を解消する意向だ。
 ちょっと待ってほしい。姉妹都市の関係のもとで育まれてきた交流は、双方の市民の歴史的財産である。市長の一存で断ち切ってよいものではない。
 慰安婦の総数や詳しい被害の実態は、これまでの研究でも定まっていない。
 「違う」と考えることを「違う」と伝えること自体は大切だろう。だが、意見を受け入れなければ友好関係を解消するというのは、冷静さを欠いている。


気になった部分は「「違う」と考えることを「違う」と伝えること自体は大切だろう。だが、意見を受け入れなければ友好関係を解消するというのは、冷静さを欠いている。」の部分です。違うと考えることと書かれていますが、むしろ真偽すらあやふやなまま像を設置され、抗議しなくてどういうつもりなのでしょうか?これを受け入れたままサンフランシスコ市と文化交流をこれ以後も進めていくということは長い物には巻かれろでアメリカにも韓国にも頭があがらなくなります。いわば言いなり状態です。

日本の悪しき体質はこういうところで悪く発揮されてしまうのでしょうか?
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今も続く上から下への責任の強要

2017/11/18 05:36
日産自動車の新車の無資格検査は38年前の1979年の栃木工場で行っていた可能性があると新聞で書かれています。人手不足を理由にあげられていますが、ここまで昔に遡ると、その当時に仮に人手不足だったのだとしても38年間それに対して何も対応せずにそれで済ましてきたということになります。これだと同じように発覚したスバルでも疑いは拭いきれません。

西川広人社長は謝罪はしたものの引責辞任は否定しました。社長は不正に関して「係長以下で行われた現場の習慣」として経営陣の把握は認めなかったようですが、それはそれとして責任を取らないというのは別問題ではないでしょうか。たとえ上に報告もなく下が勝手にやっていたことだったとしても責任を取るしかないのでは。それを後追いするかのようにカルロス・ゴーンさんの経営が原因ではないとおっしゃっているようですが。

2017年に社長が交代し、確かに西川社長は知らなかったかもしれません。ゴーンさんが倒産寸前の状態から一気に立て直したことで下への圧力が相当だったということを考えれば、ゴーンさんの責任は濃厚となりますが、今の執行責任を負っているのは私と西川社長は言っています。だったとしたら知らなくても西川社長は責任を取るべきでしょう?何だか豊洲市場と同じ責任のなすりつけあいのような状態を想像してしまいましたが、ゴーンさんは巨額の取り分も取っていて批判もされていた中で全く出てこないおつもりでしょうか。

よく上は知らずに下が勝手にやったということがこういう場合に必ず出てきますが、下は上を忖度して「仕方なく」やっているはずです。無理難題を押し付けられた下の者はそうせざるを得ないのにも関わらず、下の責任にするなんてなんてカッコ悪い上の人たちなんだと思いますよ。
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利用し利用されの関係

2017/11/17 14:29
安倍首相とトランプ大統領の関係は一体どのように見たら良いのでしょうか?私にはどちらかがどちらかを利用しているように見えてしまうのですが、一体どちらがどちらを利用しているのか。TPPの離脱、多額の米国製品・サービスのの購入と一見安倍さんが利用されているようにも見えますが、中国、北朝鮮、ロシアとの関係をよりよくするためにトランプさんが利用されている(そのためトランプさんの歴訪においては最大級のおもてなしをした)ように見えてしまいました。互助関係と言えば聞こえは良いですが、そうではないような気もします。果たして。

小池百合子都知事は希望の党から脱線されましたが、利用意図がなくなった器には意味がないとばかりにすぐに離脱したということでしょう。仏作って魂入れずとはこのことかと思いますが、利用する必要がなくなった時には見限るという行為を世界の中では感じたくない。


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移り変わりの現代に移り変わりを刻々とする政治家

2017/11/15 17:17
イソップ物語に「卑怯なコウモリ」という話があるのですが、小池百合子さんを見ていてそう思ってしまいました。鳥と獣との争いの中にコウモリは羽があるから鳥側だけど、獣でもあるから獣側だというようにその場その場に応じてコロコロと態度を変える様がそう見えてしまうのですが、私は一旦排除の論理を出した時には芯を通すのかなと期待したのですが、それが功を奏しなかったからなのかすぐにカメレオンのように覆すのはいかがなものでしょうか。

今回の選挙を考えると、その排除の論理ではじかれた人達も結局は民進党で分裂した人たちの烏合の衆だったわけでそれが入れてもらえないとなるとその人らもすぐに覆して立憲民主党に行ったり、無所属で選挙を戦ったりという手法を取られました。何だか皆が皆すぐに鞍替えするような様は誰もがどこに芯を置いているのかと疑わしい限りです。

今回の希望の党の代表につかれた人も小池さんの後釜ということで小池さんの理念を引き継ぐようですが、その小池さんは引き下がり、都政の方に尽力を注ぐとのことです。そうなのであれば結局今回の騒動は一体なんだったのか。人々をいたずらに巻き込んで困惑させただけだったのではないでしょうか?

今までにも二束の草鞋を履こうとした人が多々いましたが、結局ダメな結末に至ったのと同じで挑んでみたけど無理だったということですね。有言実行というのはなかなか難しいのかもしれませんけど。
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監視される社会の是非

2017/11/15 14:45
エマワトソンとトムハンクスの映画「ザ・サークル」を見てきました。簡単に言えば、SNSで監視される社会の未来ですが、昔、ターミネーターを見て、未来はロボットに支配される時代が来るのでは?という恐怖と同じような恐怖を感じました。しかも、今はその領域に少し足を踏み入れています。ネットの行きつく先がこういう世界ならば息継ぎができない世の中になってしまいます。果たしてそれを望む人は一体世界でどれだけいるのでしょうか?

監視される社会ということで主演のエマワトソン演じるメイが自身にカメラを設置して日々の生活をほぼ全て(就寝中とトイレ以外)をさらします。これを見ていて、ユーチューバーという仕事も同じものかと思いました。自分の日々の生活をさらけ出して儲けを出す。もう十分稼いでいるのに休めないそうですが、いつ息継ぎをするのでしょうか?これが子供たちのなりたい職業のランク付けで高い順位を保っているのであれば大分足を踏み入れていることになりますが。

次に監視される社会ということで犯罪者を20分で見つけるというものが出てきました。少し前にFBIが犯罪者の情報を知りたいがためアップルにロック解除を要求した問題が浮上しました。犯罪者の検挙が上かそれともプライバシーの方が重要かという問題ですが、皆さんはどのように感じるでしょうか?日本でも共謀罪の問題が浮上しましたが、共謀を企てるだけで罪に問うというどこまで監視社会を構築するのが良いかというこれからどんどん重要な問題でありますが、私は監視される社会などまっぴらごめんです。

映画の末路はネタバレになるので言いませんが、策士策に溺れるという結末でした。

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品格の露呈

2017/11/15 06:28
昨日も書きましたけど、怒るなんて二流だなっていうことです。横綱日馬富士は暴行沙汰で鳥取県警に被害届が出されたようですが、横綱で権力もあり実際の力もある人に限っての暴虐ぶりは三流かもしれません。なまじ力を得てしまうとコントロールが効かなくなるのだと思いますが、ましてやビール瓶で殴ったのは人間凶器に金棒といったところでしょうか。

コントロールするという点でいえば、日本相撲協会幹部は角界の人気減を気にするあまり対応が後手後手になり、コントロール不足といわれても仕方ない状態に陥っているようです。ただでさえ今まで暴行する力士があり、八百長問題がありと、今後角界は冷え込んでいくかもしれない事態を作ってしまった感があります。日本人横綱が出たばかりというのに。

昔、〇〇の品格というのが本でも流行りましたが、横綱の品格というのでも誰か本でも書かないでしょうか。品格というのは強くなればなるほどその人にあらわれ、問われるものです。つまり、品格が露呈してしまうということです。一体誰が強いだけの人を尊敬しますか?誰が賢いだけの人を尊敬しますか?そこに品格がそわなるからこそ尊敬するのでしょう?

これを他山の石とするしかないでしょう。
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