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カヌーの薬物混入ニュースではドラマとしては成り立ったかもしれないが。

2018/01/15 21:09
カヌーの先輩が後輩に対して薬物混入した問題のニュースを見て、日本はより一層性悪説への移行が進行してきたかもしれない。他の外国はそこはシビアに誰であろうが相手を信用しないというスタンスらしいけど、日本のその牙城が崩されてきたということは外来種が入ってきた感じがする。

ドーピングに関してはロシアが国ぐるみでやっていると聞く。これだけ科学の発達した現代でアスリートたちの活躍を見る理由は一体何なのだろうか?と疑問を抱いてしまう。昔であれば、単純に凄いことだという超人扱いで見ていたはず。しかし、そうでなくなった今となっては「人間における」最高到達点というもの、またそれに生き様を見るというもの、そして、国合戦というようなものかもしれない。

将棋や囲碁でさえAIとしのぎを削るまでの時代になった今となってはよりそこに集約されてしまう。それがスポーツマンシップに則るから生きてくるわけでそこを外してしまえば、何のために見ているか意味を見いだせなくなってしまう。

今回の件ではある意味、人間の醜さが出てしまったわけであるが、それはそれで人間臭さを感じてドラマとしてなら良い感じがする。ただ、カヌーを目指す人、またはまだ子供で目指している子たちはどう思っただろうか?こんなきな臭い世界であれば敬遠しようかと思った人もいるかもしれない。
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適度に生きる人生

2018/01/14 08:40
パワーハラスメント、児童虐待、しつけという名の暴力、どれも簡単に言えば弱い者いじめである。弱い者いじめをするものは自分の心が弱いということでしかないが恥の文化はどこへやらの日本。では欧化した日本の文化は罪の文化へと移行したのかというとそうではなく権利執着型へと移行したというべきだろう。

恥の意識はなく、罪の意識もなく、権利だけは貪り取るように主張し、獲得していこうとする。義務は果たさずそんなに自分の権利だけが欲しいという文化は性善説から性悪説へと移ってきたことと関連があるような気がする。

マズローが唱える承認欲求が向上し「いいね!」が欲しい人たちが続出しているらしい。去年はインスタ映えという言葉まで流行った。言うなれば褒めてほしい症候群とでもいうべきか。叱って伸ばすか、それとも褒めて伸ばすかの選択があるところ、これでは褒めて伸ばすかしか受け入れないということになってしまっている。といいながら私は後者の方が好きで自分もそちらの方が伸びると思っているが。

問題は何にしても「過ぎる」ということ。度が過ぎると良いものも悪くなる。権利にしても承認欲求にしても昨今は度が過ぎる。そういうのに疲れてスマホ断ちする人もいるらしいが極端な人たちだと思ってしまう。適度に付き合うということをしないのだろうか。人生も適度に生きるべきだと思うが。
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時代の到来と私の気持ちの到来との乖離

2018/01/12 07:53
AIという言葉に最近は特に心が揺さぶられる。これからはAI時代といっても過言ではない。最近はこの言葉を聞かないときはないぐらい頻繁に出てくるが、知らない人だって結構いる。私の親は知らないようだった。親は新聞だって取っているし、サラッとではあるだろうけど、何かしら目を通しているから知っているとばかり思っていたが、気にならない部分や難しい部分は素通りしてしまうものかもしれない。

もしかしたら、EUとかOECDとかそういう英語の表記についていけなかっただけかもしれない。しかし、ついていけないからといって時代は止まってはくれない。ソニーはAIを搭載したロボット「aibo(アイボ)」を発売した。これはロボットとの共生時代をうたっているわけだが、重要な部分はAIであろう。

米ラスベガスで行われた家電見本市では軒並みAIの話しでもちきりだった。「家電」見本市なのに家電の会社は後塵を配した。車業界でも同じであろう。これからは車でもAI搭載が標準になる時代が来るのであろうし、そうでなくても車業界はガソリン車からEV(電気自動車)への移行が世界で行われようとしている。

今はいろいろな業界の黎明期なのかもしれないと思うと、心穏やかにはいられない。時代は様変わりしていく中で焦燥が募るとはいっても私自身はいつまでたってもアナログタイプなのは時代についていけていないのだろうか。私も親と同じ、か?
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政府は「働ける」社会を利用しているのでは?

2018/01/12 07:22
最近は子連れ勤務可能の会社が増えてきているらしい。新聞記事に載っていましたが、私にはその子連れ勤務可能の会社が増えることの可否とは別個の問題としてそのような社会が皆が本当に望んでいる社会なのだろうか?という疑問が浮上してくる。

理想を言えば、そのような子供あるいは乳児がいる母親にはその期間だけは休暇して頂いてその後働ける社会にすべきであると。もちろんその場合にも多々問題があるのは承知している。休暇後に仕事が取り残されるだとか、降格されるだとか、長い間働けないだとか、周りの人間関係だとか。だったらこのままで働けるようにすべきではないかというのが子連れ勤務という手法だろうけど。

しかし、子連れで働かないといけない社会とはいかなる社会だろうか。それをいうと「働かないといけない」ではなく「働ける」社会であるとくぎをさされそうな気がする。つまり、子育てと仕事の両立であるが、私は男なので女性ほどには分かっていないが、子育ては大変である。

もっと言えば子育てだけでも大変である。2足のわらじを履ける超優良人が一体どれだけおられるのか分からないが、通常であれば子育てだけで悲鳴をあげると思う。

私が思うにその「働ける」社会を政府が利用している気がしてきな臭い気がする。働き方改革とは銘打っても何か違う違和感でしかない。政府はそこをもっと議論すべきである。
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大人な国、大人でない国。

2018/01/11 08:26
韓国は慰安婦合意を破棄にしたいのだろう。中国、ロシア、北朝鮮に対し、アメリカ、日本、韓国という対立図式が出来上がっている中、反日が強すぎて一体韓国はどちら側なのか?と勘繰りたくなる。まるで童話のコウモリのような立ち位置ですが、この情動で法律が覆される韓国はまだまだ大人の国にはなっていないのだなという思いしかない。

そもそもそんな大人になれない国と外交などできるものなのだろうか?国であるからそう扱うしかないのだろうけど、朝鮮という国は北も南もどちらも大人になれない国と認識するしかないか。でも、アメリカもトランプさんのツイッター発言を見る限りではとても大人とは言えない。子供の喧嘩に尽きる。これではオバマさんの時に世界の警察というのを脱したのも仕方ないことかと思ってしまう。

では日本は大人なのか?という疑問に正しく答えられるだろうか?安倍一強による政治が濃厚となる中、大人なずるさは去年殊更見せつけられた気がする。うまく言えば私たち国民が大人になったというべきか。
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副業解禁の会社の本音は?

2018/01/04 20:46
副業解禁の会社が出てきているそうです。これを今後の未来の行方としてどう見るか?です。今は正規社員とは別に非正規社員割合が多くなり、おおむね37%の割合だそうですが、この非正規の中の派遣社員というのが副業や兼業と似通っていると思うのです。

私が思うに当初の派遣社員の目的がスペシャリストとしての派遣という形で時間単位で業務を行い、効率性を上げてくれる。いろいろな業務を行うことでその派遣社員はさらにキャリアを向上し、パラレルキャリアを持つ社員として会社が数時間でも欲しい人材として扱うというものです。それが今となっては厚生年金の半額を払わなくてもよく、切りたいときに切ることができる体の良い人材扱いという体たらくです。今の派遣社員は正社員になりたい人がたくさんいることでしょう。

さて、副業・兼業に戻りますが、私は一つのことだけの仕事をしていてもそこの会社では役に立っても他の会社では役に立たないことが一つの欠点だと思っています。それを向上させてくれるのがそこの会社にいながらにして、他の会社でもスキルを上げられ、さらに別に給料ももらえるという形の構図が良い点です。

それをたらたらと長時間残業させるだけさせて、あまつさえ残業させたは良いもののその分の賃金を払わないというのが今の会社のスタンスでしょう?本当は割増で賃金を払わないといけないのにも関わらず。それを押しのけて副業・兼業を解禁する会社がでてきたということはその会社が他のスキルを持つ社員を欲した、といのは建前でそうでもしないことには人手が本当に足らない事態に陥ってきたからです。

正社員はやめようと思ったらやめることができます。それを辞めさせないのがブラック企業ですが、本当にやめられてしまえば生産性云々の話し以前に会社が回らなくなります。ただでさえ自転車操業なのに。だから、会社が求めているというよりも時代が求めている働き方改革かもしれません。
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今はどの世界も行き過ぎた社会。

2017/12/29 09:28
ヨコ社会とタテ社会。別の見方をすれば本音社会と建前社会ということになりますか。本音と建前はそれぞれ利点、欠点がありどちらが良いとも言えません。私は正直本音「だけ」の世界はまっぴらごめんです。理想は建前ベースの社会に本音をいかに引き出すかに重要性を感じる。

それは監視社会が良いか良くないかに通じている気がする。監視した方が犯罪が起こらないという考えがありますが、監視社会にせずにいかに犯罪を起こさないか、抑止するか、それが出来なければまだまだ至らないというだけで犯罪が起こっても仕方ないと思います。つまり、犯罪が起こらないように「監視する」かではなくて犯罪が起こらないように「する」社会を目指す。

いきなり脱線したので戻しますが、ヨコ社会とタテ社会。関係性の問題ですが、政治で言えば全体主義が良いか資本主義が良いか。全体主義よりも資本主義の方が良いとすると、格差が広がりますが、広がりすぎるとアメリカのような超格差社会になってしまう。そこまでを望んでいるわけではないのに膨張してしまう。

日本のタテ社会は行き過ぎた面が今の世の中になっていると思います。この弊害はちょっとやそっとでは抜けきれない。行き過ぎたあげく忖度社会の弊害が政治にまで蔓延し、今年はこの言葉でもちきりになりました。ヨコ社会、タテ社会それぞれが悪いわけではないけれど、行き過ぎた社会というのが今の世界のそれぞれの弊害になっているのかもしれません。
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