アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「社会関係」のブログ記事

みんなの「社会関係」ブログ


女性宮家創設と庶民的考え

2017/06/01 08:21
政府は女性宮家創設に躍起となっているようである。それは伝統の存続という私たち時代の私たち世代だけの気持ちだけで簡単に途絶えさせるわけにはいかないという難しい問題であるため、一民間人である私が個々の気持ちだけで語れるものではないだろうけど、こと当事者に至っては複雑な心境だろうなという思いがする。

オードリーヘップバーン主演の映画「ローマの休日」であれ、ナオミワッツ主演の映画「ダイアナ」でもそうだけど、私たちだって一人の人間であり、一人の女性であり、恋をし、いろいろなものに縛られずに自由に人生を全うしたいと思っていたはず。

遠い昔であれば、階級の上の人が下の人と結婚するなどもっての外だったであろうことを考えると、今はその垣根が取っ払われたことに自由な結婚情勢を感じる。だからこそ、眞子さんにおいてはそういう政治ないしは皇室情勢に荒らされなくて良かったなと思ってしまった。

それにつけてもおやつはカール、じゃなくてそれにつけても公衆にさらされながらも真摯に対応される皇室の方々には頭が下がる思いがする。今、引用したカールも長年続いてきたセール品だけど、それが消滅の危機にさらされている。が、一旦そうなったらそうなったでかなりの高値で買われるのは伝統になってきた所以か。いや、伝統というのはまだまだ早いかも。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「依存」症・・・ではなく「衝動」症の方が・・・

2017/05/06 06:11
依存症・・・その言葉に違和感を持つ。「依存」ではなく「衝動」症なのではないか?「依存」だとパラサイトの方にイメージを置いてしまうが、それはさて置き、この依存症の有病率が日本は他外国に比べ突出しているらしい。新聞では依存症により破滅に至った人の詳細が書かれてあった。特にギャンブル依存症が取り上げられ、麻薬もそうだろうけど、その症状になったらもう苦しいの一点張りだろう。

日本ではこれからカジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)が計画されている。それ以前にシンガポールでもIRが開業されその比較が書かれているが、何故かシンガポールでは依存症の割合が年々減っているらしい。理由として同国政府が依存症の実態把握やカウンセリング強化といった対策にかじを切ったことが背景にあるとされるようだが、何かおかしい。本気で解決するつもりがあるのだろうか?IRをやらずに依存症の実態把握やカウンセリング強化をすればもっと割合が減った気がしてならない。シンガポールでそういうことがあったから日本でもIRをしても減るだろうとの言い訳でしかない。

依存症と趣味との線引きが難しいとも書かれているが、違いと言えば依存症の方は頭では辞めなければならないという抑制が働くも衝動が押さえられないという点にあると思う。趣味はいくらやっても何も悪いことはないと思う。

心と体の乖離という症状ことかもしれない。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


天皇の譲位についてある種の危惧が見え隠れ

2016/11/23 04:54
昨日まで3日間連続で産経新聞に天皇の譲位について書かれたコラムが続いていました。2名は摂政を置くという方法で、もう一人は譲位するのであれば条件付きでということでいずれもするなら皇室典範の改正が必要という考えのようでした。つまり、ざっくりと言えば天皇の譲位はしてほしくないということでしょう。

ここにはある種の危惧が見え隠れします。ある種の危惧とは女系天皇の容認説です。天皇の譲位をしてほしくないという方には先々で女系天皇は認めず、男系だけでいきたいという思いがあるはずです。悠仁親王がお生まれになって何とか持ちこたえ、女系天皇の話しはいつの間にか断ち切れになった感がありますが、私は今までの長い歴史の中で女系天皇もいたということですからダメということはないのではないかと思っています。

それなのに、つい最近悠仁親王の乗っている車が事故したそうですが、ちゃんとした警護がついていなかったそうです。それだけ男系を気にしながらそこには配慮が行き届いていないというのはどうした訳なのでしょうか?それもまた法律や慣習がそうなっていないからという法律に縛られているからなのか。それも本末転倒な気がします。

この問題は私が思うに急を要するのではないでしょうか?それは天皇が高齢だからです。三笠宮様が100歳まで生きられたからといってそこまで長く生きられる人というのは中々まれでしょう。悠仁親王がお生まれになって女系天皇の話しが途切れたようにもしご逝去なさって話しが途切れてうやむやになって良かったなんて思う人がいたらそれは逆に今の天皇のご心痛を組まない人な気がします。

日本の象徴だからこそ私たちには分からない苦しみが日々あるのだと思います。それを今こそ国民が組むときでは?



女帝と譲位の古代史 (文春新書)
文藝春秋
水谷 千秋

ユーザレビュー:

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 女帝と譲位の古代史 (文春新書) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


曽野さんの土人発言に思うに対しての意図がズレている。

2016/11/16 05:13
曽野綾子さんがコラム「すべての人はどこかの原住民(平成28年11月16日付産経新聞)」でこう書いています。
私は東京の八丁堀生まれの父の娘である。私は父のことを「東京土人」とか、「東京原住民」とかよく書いている。私を含めすべての人は、とこかの土人、原住民なのだが、それでどこが悪いのだろう。「沖縄の土人」というのは、蔑称だと思う蓮舫氏の方こそ、差別感の持ち主だと思われる。


これを読んでちょっと意図をはき違えておられると思いましたので書きます。「すべての人はどこかの土人、原住民」なのかもしれませんが、大阪府警の機動隊員は明らかに抗議運動をしていた人に向かって「罵るために」土人発言をしたということです。だから土人という言葉が差別用語かどうかは別にして罵ったことに問題があったというべきでしょう。

また、昔に使っていた言葉が罵るために使う言葉ではなくても現代では罵るために使う言葉に変わっている場合があります。例えば、「貴様(きさま)」とか。今では怒ったときによく使いますが、昔は目上の相手に対する敬称です。言葉を見ればよく分かりますが、「貴方様(あなたさま)」と読めるではないですか。

そして、今回は売り言葉に買い言葉だったのでしょう。私は売り言葉の方は見ていないのでどんなことを言っていたのか知りませんが、そこを取り上げないのは原住民よりで官いじめなような気がしてならない。

あと最近曽野さんのコラムを読んでいて視点がズレていることが多いような気がするのですが、私の気のせいでしょうか?それとも昔からこうだったのかよく分かりません。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


日本は騙しだましの国

2016/11/12 05:26
何年か前に歩道橋や橋梁の老朽化が激しくいつ崩壊してもおかしくないというのが新聞かニュースでありました。騙しだましやっていてもいつかは発覚する恐れがある中でその発覚が事故となって出てくるかもしれないところに怖さがあります。インフラの整備にどれだけ注力できるものなのでしょうか?

博多駅前の陥没は事故がなかったのが幸いでしたが、地下のインフラが老朽化しているもろさを露呈した形になりました。他にもまだまだあるかもしれません。小学校だって老朽化していると聞きます。日本には老朽化したものがどれだけあるのでしょうか?太っている人が自分の体重を知りたくないと体重計ではからないのと同じで老朽化したものを調べたくないと思っているかもしれません。でも、そうこうしている内に事故にかかってしまったらと思うと・・・。

テレビでビフォーアフターというのがあり、あのテレビ番組を見ていて思うのは違法に増改築してちゃんとした知識もないままでつぎはぎしていった建物は悲鳴をあげているのを解体→新築という手法を使わず(同じように建てるには多分違法になってしまうため本当は手法を使えず)リフォームとしているのだと思いますが、日本は騙しだましというのが多い人種なのでしょうね。

豊洲市場問題でもそうでしょう。建物の地下に空洞があったのも"誰か"が本当は知っているのでしょうけど、誰も知らずということにして騙しだまし今まできていたのが発覚して重大な問題に発展しつけが今にきてしまった。

他にも一杯あるでしょう。騙しだましのところが。日本は騙しだましの国だと揶揄されるかもしれませんね。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 2


1億総活躍社会という方針は時代の真逆をいっている。

2016/11/11 05:16
また高齢者のドライバーが運転事故で人を死傷させたという記事が新聞に載っていました。私はこれを読んで1億総活躍とはやっぱり矛盾している政策だと思いました。今の高齢者はまだまだ若いし、平均寿命も延びていくらでも働ける。団塊の世代が大量の高齢者となり、年金支給にも事欠くことから生涯現役として働いていこうというスタンスはもう体に悲鳴を帯びているのにも関わらずまだまだ頑張れると錯覚させている政府が悪い。

つい先ぞや定年が来て再雇用された人たちが給料を下げられたことに対して不満を持ち、裁判で訴えていまだに継続しているものがあります。地裁で認められ、高裁ではねられ、さらに控訴という流れですが、この「同一労働同一賃金」というのはそもそも正規と非正規の違いの格差をなくすために言われていることで高齢者との非高齢者との違いではないはずです。自分ではそう思っていなくても能力が劣るのだから減らされても仕方ない。

やはり引退というのは私は必要なことだと思います。もちろん、定年になっても変わらずという人もいるかもしれませんが、現役続行という考えはいつかブーメランとなって帰ってくる。それがこの高齢ドライバーという結果に表れているのではないでしょうか?

1億総活躍の問題は高齢者だけの問題ではありません。女性の活躍もそうです。確かに女性が社会進出して活躍することは必要ですし、そういう社会が形成されるのはもちろんそうならないといけないと思います。しかし、少子化になっている現在において政府の方針は真逆をいっている。女性が社会で活躍するということは結婚して子供を産むという方向には向かわないのは当然です。大分昔に谷亮子さんがママでも金といって柔道、子育て、そして政治家という3足のわらじをはこうとされましたが、こんなスーパーウーマンでさえ無理だったのではないかと思ってしまいます。

要は錯覚を起こさせているのです。女性にも開かれた社会は必要なことであるのは必然だってことと。










記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


何でもできる世の中は隠されたできない社会の問題を浮き彫りにしている。

2016/11/06 06:15
最近CMを見ていて思うのは「何でもできる世の中になってきた」ということです。ゲームのCMだろうと思いますが、できないことができるとの文句で流されていました。私はこの「何でもできる世の中になった」ということが隠されたできないことを社会の問題として浮き彫りにしていると思います。それが今の社会の問題なのだと。

ドコモがiモードに対応した携帯端末を終了すると報じています。18年間に渡る長い期間続いてきたこの携帯端末も一つの終わりの次期を迎え、よりスマホへの普及にいそしむことでしょう。このスマホが登場してからは皆さんが感じている通り「何でもできる世の中になってきた」わけです。これ1台でネット、カメラ、電話などなど上げたらきりがありません。

その裏で何を失ったのか?それは人とのつながりではないでしょうか?友達と食事にいってもそれぞれがスマホを見て相手のことなど関係ないかのような状態が今では多いそうですが、こんなのがあるから大学での「ぼっち席」なんてのもできるのです。ネットで友達が食事をしている時にずっとスマホ見ていることに腹を立てているというスレッドが立っていたようですが、それを聞いて少し安心しました。まだつなぎとめられるのかなと。

少し前のCMになりますが、サーフェスのCMで「これがあれば何でもできる」といううたい文句で、このCMが私が見る初めて「何でもできる」という言葉のキーワードだったと思います。それはある意味、効率を求める中で人生の効率がどんどん削られていくのと同じ感覚を持ったという感じでした。

次に聞いたのはゲーム機のプレイステーションのCMで「できないことができる」といううたい文句だったと思いますが、何なんだろうこのサブリミナル効果は?私は世の若い人たちが結婚しないのは、また恋愛しないのはこの「何でもできる」世の中になったからなのではないか?と疑っています。

世の中にはコンビニがあり、結婚する相手などいらない。人との関係性をわざわざ作るのもめんどくさいから結婚などする必要がない。立派な社会問題だと思います。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


性善説の社会で皆が生きているから社会は成り立っている。

2016/11/04 05:20
最近、車を運転していて思うことは指示器を出さないで運転している人が多いなっていうことです。指示器を出していないので真っすぐに進むのだろうと思いきや曲がったりするので、何だ曲がるのかっていうのが最近ちょくちょく感じていました。また、運転しながら携帯電話で電話するというのは禁止になってからもよく見かけはしますが、最近は携帯電話(おそらくスマホでしょう)を見ながら運転している人もいます。もう運転している人が道路交通法を守っているという性善説の中で運転することが難しくなっていると考えないといけないのでしょうか?

少し前に80代の男性が小学生の群れに突っ込み、1人が亡くなってしまうという事態に陥ってしまいました。そして、その次にこのニュースがしきりにテレビで流れているのにも関わらず、19歳の男が小学生の群れに突っ込みました。1年未満なのに初心者マークをしていないという法律違反もありながらです。車は凶器だということを忘れてたるんでいるのではないでしょうか?

昔は小学生の群れには親御さんがついてまわってということなどしていなかったのに最近ではきっちりついてまわって登校しています。それは同じ事故が前にあったからですが、これは性悪説に立った行動です。それでもまだ起きるかという今の状況にもう性悪説以前に小学生の通る道はないのではないかということにまでいきついてしまいます。

確かに昔に比べて道路が整備され小学生の通る道はなくなってきました。といっても、そんな暴走車が突っ込んできたら小学生と言わず大人でも死んでしまいますよ。では、ポケモンGOをしながら運転して人を引いたことはポケモンGOを作って配信した方が悪いということにまで行きつくなら包丁とかと同じです。ドローンは問題になりましたが。

使い道によっては人を殺す道具となる。そうならないためには法律を守って、性善説の社会で皆が生きているから。そこを組まないと社会は成り立ちません。性悪説の社会はなくしましょうよ。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


トップへ | みんなの「社会関係」ブログ

OREO's page 社会関係のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる