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"パート限定"の働き方改革?

2017/07/28 21:37
今日の朝、テレビ番組「よ〜いドン」の人間国宝を見ていて、働き方改革をしている工場のところの放送をしていました。どういう改革かというと、従業員のパートさん達は好きな日に好きな時間に出勤して良いとしているところでした。もちろん、良い点と悪い点があるとは思いますが、これからの時代に画期的な働き方であると感じました。

まず利点として、正社員でもなくバイトでもなくパートだからできることだった点です。そこを上手くついています。正社員であれば給料面に難ありですし、バイトであれば全然来ないと思います。しかし、パートの主婦は子供を抱えている分、何かと自由な時間が必要ですが、生活費を稼がなくてはいけない分、きちんと働いてくれます。それもバイトのように遊ぶ金のためではなく生活費のために。

次に今の世の中はネットも含め監視が"過ぎる"社会となっています。誰もがそれに疲れているのです。李下に管を正さずとは言いますが、それをするまでもなく監視するなどもってのほかです。自分から律する必要を自分たちが意識するべきです。

そして、これが普及するのは同じくパートを雇う場合しか効用がないのでは?というところに落とし穴がありそうです。だからパート限定の働き方改革として一石を投じたのかなという感じが致します。
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忍びと武士の関係を映画「忍びの国」を見て思ったこと。

2017/07/28 17:39
嵐の大野君主演の映画「忍びの国」を見てきたのですが、この映画では忍びはお金のために働くということがとても強調されていました。その前に小説でも読んでいるのでその時に同じことを思ったかもしれませんが、忍びを武士との関係で見てみると、正社員と非正規社員の関係だなとつくづく思います。忍びが非正規社員で正社員が武士です。

武士は主に忠誠心を誓うが、そのために食い扶持をもらっています。ひるがえって忍びは忠誠心は誓わずお金でつながります。今でいうと極端すぎますが、すぐに切れるか切れないかの関係性とでもいいますか、そこらへんも見て取るべきでしょう。

忍びの小説や映画になると、すご腕すご技がどうしても目についてしまいますが、この映画の大野君演じる主人公無門がずばぬけて優れているだけでその他はそんなに優れていないのが通常だったようです。そして、忍び作業がない時は野良百姓をして生活をしている。つまり、貧乏なわけです。

非正規社員と書きましたが、派遣の方が当たっているかもしれません。特殊な能力(忍び能力)を持つ者を金で雇い、それが終わればそれで終わり。だから、攻めて来られても誰がお金を払ってくれるのか?ということが第一に頭にくる。

百姓はしながらも土着意識がない。だからこそ、最後に忍び集団が滅ぼされはしても全国に散ったと言ったのでしょう。主人公の特殊な能力を見て快適さを、また爽快さを感じながらもそういうことを映画を見て思いました。
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仕事というものを見つめ直すことは誰にとっても必要。

2017/07/28 10:01
仕事はお金のためだけにするものではない。お金のためだけで稼ぎたいと思うのなら資産運用だけに時間を費やす方が合理的です。しかし、現実はお金(生活)のため働くということが暗黙裡(?)となっているのは否めないでしょう。だったら、資産運用で稼げば良いではないか?という疑問に誰しもがリスクを考え、できないからという答えが結びつきます。

お金だけのために働いているという考えの人にとっては資産運用で稼ぎたいけど、できないから仕事をして日々の生活費を稼ぐ。そして、資産運用など金だけの操作で全く尊いものではなく、世のため人のために働くということでお金を稼ぐ方が尊いという看板を掲げる。実際の思いは違うのにも関わらず。

では、仕事で生活費する稼ぐことができなくなってきた今日、何のために働くのかを考えるに際し、やりがい、生きがいという思いがまたぞろ芽生えてきます。尊い考えの復活です。世のため人のために仕事をし、役に立っているという思いでお金を稼ぐというのはやる気のバロメーターの上がることでしょう。しかし、世のため人のためと銘打っても本音は家族のためです。

誰かの仕事は誰かのために役立っているのはうなずけることですが、バタフライエフェクトのように”どこに”その砂塵は影響を及ぼしているかなど考えに至りません。現にそこまで思いを寄せるのは政治家が一番近い。昨今はユーチューブが盛んで小学生もユーチューバーになりたいという子らも増えているようですが、それは何かの、誰かの役に立っているのですか?

仕事というものを見つめ直すことは誰にとっても必要なことですね。

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もう政党の末期か・・・。

2017/07/28 07:33
最近、政党の末期なのではないかと思ってきました。民進党の体たらくは今にさることながら自民党のこの陰り具合に台頭してきたのが「都民」ファーストの会です。大阪維新の会のようにあとで「大阪」という文字を取ったりするのかもしれませんが、根源から言えば「都民」なのでしょう?トランプさんのマネをしてアメリカファーストをもじったまでは良かったかもしれませんが、それが仇となってしまうのではないか。

次の選挙の時にはどこの政党に入れるべきか・・・。もう悩んでも見つからないというのが国民の大体の本音となってしまっていると思います。それならこの人なら信頼できると思う人が所属している党にでもと考えてみますが、一体誰が信用できるのでしょうか?ダメだから続々と辞めていかれるのでしょう?蓮舫さんを筆頭に民進党は続々とやめ、今井絵理子さんの不倫問題に上西小百合さんの暴言問題にパワハラ問題の女性議員と枚挙にいとまがありません。

そう、政党どころか政治家に信頼できる人を中々見つけることが難しくなってきたわけです。人を信用するというのは本来とんでもなく難しい中で政治家にはより清廉潔白が求められます。ましてや税金がそこに投入されているわけですから。

いつぞや公人(官人でしたか?)と私人の問題が取り上げられていましたが、今の政治家に自分は公人であるという認識は持たれているものなのでしょうか?ネット投稿が盛んな中、私人の意識丸出しで投稿している方が大変多くおられますが、自分(私)の評判をあげようなぞとはまさか思っていないでしょうね?それだとしたら、私人丸出しの考えであり、政党ならず政治家の末期にさえなってきますから。
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ネットの怖さの逓減率の減少の怖さ。

2017/07/27 11:27
日本という国は「赤信号みんなで渡れば怖くない」という言葉が象徴されるように、たとえ悪いことだと”気づいたとしても”軌道修正が効かない点に劣悪なイメージを醸し出してしまいます。しかし、事はもっと重大でゆでガエルのように気づかないのが問題で、それが民主主義の悪弊でしょう。

それは習慣から常識となり、また代々の歴史へと向上し、悪いのではなくそれが正しいのだという認識を共有し、それ以外を排他・淘汰するかのような”空気”を放出する。時代はどんどんと変わっていくというのにも関わらずです。

それに対しておかしいと気づいた個人はどのようにすれば良いのでしょうか?衆を頼みとする、また力とするこの日本では個々で立ち向かうことなど到底無理なのです。しかし、それが覆る事態が起こりだしてきたのがネットというものなのだと思います。これがまさに時代が変わったという事態です。

「ペンは剣よりも強し」という言葉は今の時代で言えば、「ペンは剣よりも強し、さらにネットはペンよりももっと強し」とでもなるのでしょうか。だからこそこのネットの使い方を上手くしなければ悪い方向に傾いてしまう。それは今日様々な問題を引き起こしているネットの問題を日々のニュースで垣間見ればすぐわかることですが、力を持つということはそれだけ怖いということです。

昔は人を殺すということに徒手空拳で戦いながらとてつもなく苦労したでしょうが、刃物ができ、銃ができ、爆弾ができ、と一瞬で殺す方法が出るにつれ怖さの逓減率がどんどんと減ってきました。ネットも同じことです。ネットの怖さの逓減率も使用されだすにつれ、どんどんと減っている気がするのが怖い。
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