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zoom RSS 高齢者のあるべき姿として

<<   作成日時 : 2017/03/13 07:28   >>

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日々様々な記事を見ていますと、高齢者に対して生きにくい世の中になっているような錯覚に陥りますが、少子高齢化社会の到来であると「少子化」と「高齢化」の両方をセットで悪い社会へのいざないのように見せていますが、よくよく考えてみると「少子化」が悪いから「高齢化」が悪いように見えるのです。当初の想定どおり、少子化にならなければ高齢者を支えることができたのであって高齢者がこうも苦しい扱いを受けることはなかったのではないでしょうか?

私は高齢者ではありませんが、あるべき姿として高齢者はなるべく幸せな環境で幸せに過ごしてほしい。というのは自分も高齢者になった時にそういう社会になっていてほしいと思うからです。これからは75歳以上からですか、高齢者の定義がそうなっていくと共に高齢者の活躍も叫ばれるところではありますが、私が想定する高齢者の活躍とは私たち高齢者ではない者よりもさらにグレードアップの上の観点からの活躍を期待します。

それは高齢者になったから通常の労働者から脱落した者としての扱いの給料を下げるだとか簡単な作業にするとかそういうことではなく、もうそんな判定基準で図るものではない社会にしてほしい。つまり、年金にしても社会保険にしても老後に不安を脅かす社会ではなくそういうことに気兼ねなく今までの長い人生で培ってきた何かを社会に貢献できるように。

言葉にしようと思うと中々難しいものです。頭の中にはモヤモヤっと思っていることがあるのですが、中々それを言語化できていないところがもどかしいですが。とりあえずそんなところです。



少子高齢化で「暗い未来」をあおる政府
日本文芸社
武田邦彦

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